日本の騎手/出津孝一
出津孝一
出津 孝一(いでつ こういち、1964年6月3日 - )は、JRAの栗東トレーニングセンター所属の障害競走専門の騎手である。岩元市三厩舎所属。[1] 当初は平地競走でも騎乗していたが、体重増加により障害専門騎手となった。
2010年現在、JRA騎手では唯一の障害競走専門騎手となっている。
平地競走に対する障害競走の開催数の少なさゆえ、近年は年間の勝利数が1桁台、騎乗数も2桁台であることがほとんどであるが、勝利騎手インタビューの際などに発せられるその独特の喋り口から、一部の熱心な障害競走ファンからは人気を集めている。
【来歴】
* 1984年騎手免許取得。3月3日、JRA初騎乗は阪神第7Rでシンナリティに騎乗し8着、3月11日阪神第3Rで騎乗したシンセイカンで初勝利を挙げる。
* 1996年5月11日、JRA通算100勝を達成する。
* 1997年、優秀障害騎手賞を受賞する。西浦勝一厩舎所属となる。
* 1999年3月6日、レース中に岡冨俊一騎手(当時)をムチで叩き、開催日4日間の騎乗停止となる。
* 2000年、フランスのオートゥイユ競馬場で障害レースに騎乗する。
* 2001年2月3日、障害レース通算100勝を達成。8月5日、川合達彦騎手(当時)にパトロールビデオ室内で粗暴な行為を行い、開催日2日間の騎乗停止となる。
* 2004年12月25日、中山競馬場で行われた中山大障害でメルシータカオーに騎乗して1着。この年の初勝利がJ・GI制覇となった。勝利騎手インタビューで「今年未勝利だったから(引退を)考えていた」「来年も何とかジョッキーを続けたいんですけどねえ」という発言で話題を博す。
* 2005年5月28日、東京競馬第4Rの障害未勝利戦でトップジャンボに騎乗して落馬し多発肋骨骨折(左第5-8肋骨)、左気胸の怪我を負う。
【主な騎乗馬】
* イブキライダー(1987年阪神障害ステークス(秋))
* ハクホウダンディ(1987年京都大障害(春))
* シンホリスキー(1994年中京障害ステークス(春))
* ネーハイジャパン(1996年東京障害特別(秋)、1997年京都大障害(春))
* ネーハイタフネス(1996年京都大障害(春))
* ポレール(1997年中山大障害(春))
* ファンドリロバリー(2000年阪神スプリングジャンプ)
* ユーセイシュタイン(2001年京都ジャンプステークス)
* メルシータカオー(2004年中山グランドジャンプ2着、中山大障害)
* メルシーエイタイム(2005年中山大障害2着)
【ウィキペディア参照】